総合内科よわ医の貧弱ブログ

貧弱な総合内科医が好きなことを好きなように書きます。

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自分の最期を考えたことがありますか?その2

はじめに

 

yowaiblog.hatenablog.com

 

 前回の記事で私が自分の最期について考えることが重要である、ということを書かせていただきました。今回はそう考えるに至ったエピソードについてお話をしていきたいと思います。

 

※話をわかりやすくするために少しだけフィクションを含みます

 

良くある高齢者の入院

 80代後半の男性 (以下Aさん)で、昨夜から39度の発熱を認めてご家族が救急要請。精査の結果尿路感染症の診断にて入院。自分が主治医となりました。

 

 市中病院の内科であれば、非常にありふれたケースです。検査を済ませ、ご家族に病状説明を以下のように行いました。※実際はもっと詳しく話しますが、長くなるので簡略化しました。

 

お熱の原因は尿路感染症 (おしっこにばい菌が入ってしまう感染症) です。ご高齢で体力も落ちているので、入院で治療をさせていただいた方が良いと思います。治療は点滴で抗菌薬 (ばい菌を倒すお薬) を投与することがメインとなります。

 

ただし、ご年齢や体力を考慮すると尿路感染症の治療がうまくいったとしても食事がとれなかったり動けなくなってしまうことがあります。その際は自宅に戻るのが厳しいかもしれません。

 

 とお話ししたところ、ご家族より

家ではとても元気に過ごしていたんです!絶対に家に帰れるようにして下さい!

 

と、もの凄い剣幕でおっしゃるのでした。なんだかいやな予感がしつつも、治療を開始したのです。

 

入院後の経過

 幸いAさんは抗菌薬が良く効いてくれました。すぐに熱が下がり、血液検査のデーターも改善していきました。そのため、早期からリハビリテーションを開始したのです。

 

しかしながら、リハビリテーションの経過は順調とは到底いえないものでした。歩くこともままならず、むせ込みの起こりにくい食事を提供しても容易にむせ込んでしまうのでした。

 

これは家に帰るのは厳しいな・・

 

そう感じました。そのため、現状の説明と高カロリーの点滴をさせて頂きたいということを伝えるためごAさんの家族に電話をしました。

 

ご家族の対応

 ご家族の返答内容をまとめると、概ね以下のような内容でした。

 

  • 入院したのに状態が悪いなんておかしい。治療内容が悪いのではないか。
  • もっと面会をさせてほしい。週に1回なんておかしい。
  • 病院食がまずいから食事が進まない。持ち込み食を許可してほしい。
  • 逐一病状の説明をしてほしい。連絡が少ない。

 

 一つ一つ、自分としては丁寧に返答をさせて頂いたつもりです。入院時説明したとおり、尿路感染症の治療がうまくいくことと体力が戻ることはイコールで無いこと。

 

当時は新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっており、面会を制限していたこと。

確かに病院食はおいしくないかもしれないが、他の患者さんも平等に召し上がって頂いていること。

 

 唯一4つめに関しては純粋に私の不手際であり、謝罪しました。

 

しかしながら、ご家族は明らかに不満そうで信頼関係を築くのが難しかったのです。

 

カテーテル感染

 その後Aさんは残念ながら食事摂取を再開できることはありませんでした。状態は安定していたので、ご家族に家以外の行き先について説明をしようと思っていた矢先にカテーテル感染を起こしてしまったのです。

 

 Aさんのように長期的に食事がとれない方に高カロリーの点滴を投与することがあります。点滴というと、皆さんは腕の細い血管に針を刺すイメージをお持ちだと思います。

 

しかしながら、高カロリーの点滴を腕の細い血管に投与してしまうと血管が痛んでしまうのです。そのため、首や足の付け根などにある太い血管にカテーテルを入れる必要があります。このカテーテルのことを"中心静脈カテーテル"と言います。

 

 この中心静脈カテーテルの合併症の一つに今回起きてしまった感染があるのです。

カテーテル感染は、原則疑った場合カテーテルを速やかに抜いて抗菌薬を投与する必要があります。

 

 最善の対応をしたつもりでしたが、今回もご家族からは理解が得られずさらに不信感を強める結果になってしまったのです。

 

忘れられない病状説明

 自分は病状説明は嫌いではありません。専門的な話をできるだけわかりやすい言葉で話すことで、患者さんを安心させることができるからです。

 

ですが、今回の病状説明は憂鬱でした。話をする前からご家族が自分を信頼していないことが分かっていたので、正直どうなるかは予測できませんでした。そして、次のように説明をしました。

 

残念ながらカテーテル感染がおこってしまったものの、最善の対応をして病状は落ち着いている。しかしながら、体力の低下が顕著であり食事をとることすらできなくなってしまった。

 

 家に帰ることはできなくはないが、難しい。選択肢としては

  • このまま高カロリーの点滴を続けて療養型病院に転院
  • 胃ろうを増設して施設に入所
  • 食事がとれない、問うことを寿命ととらえて自然の流れに任せる

 

これに対する返答は、予想をはるかに超えた辛辣なものでした。内容は以下の通り。

  • 入院してから面会に来るたびに弱っている父を見るのがつらかった
  • 弱ったのは入院したからだろう。カテーテル感染でとどめを刺されたように感じる。
  • 好きな食事もとらせてもらえず、先生に邪魔をされた。
  • 先生のせいで父は家に帰れなくなった。

そして最後に、「はっきり言って先生を恨んでいます!」とおっしゃられたのです。

 

この症例から学んだこと

 ご家族の返答を聞いて、私は頭が真っ白になってしまいました。今でも何て返答すするべきであったのか、正直言ってわかりません。

 

見かねたベテラン看護師が、「お父様の現状を受け入れがたいのはわかります。ですが、先生はいつもAさんが元気になるように最善を尽くそうと行動していましたよ。恨むなんて言葉はやめてほしい」と言ってくださいました。

 

そのあと自分が何を喋ったかはよく覚えていません。最終的にAさんのご家族は療養型病院への転院を選択されました。

 

問題の本質はどこにあるのか?

 何でこんなことになってしまったのだろう?もちろん病状の報告がおそろかになってしまったこと、カテーテル感染を起こしてしまったことは反省しなければなりません。

 

そして、Aさんのご家族がいわゆる"クレーマー"であり、何も悪いことをしてないのだから運が悪かった、と思って水に流してしまうこともできなくはありませんでした。実際に、やや過剰な要求はあったからです。

 

ですが、本質は上記の問題では無いと考えました。では本質は何なのか?

 

それは、人間はいつか必ず死ぬ、という事実に向き合っていないということです。

いやいやそんな当たり前のことわかっているよ、という方、そうではない言いたい。

 

わかっていることと実際に向き合うことは雲泥の差があります。いつまでも元気で生きたい、生きてほしいと願う気持ちはわかります。私だってそうですから。

 

繰り返し言います。そうは言っても人間はいつか必ず死にます。自分の生きざまに責任を持つように、自分の死にざまにも責任を持たなくてはいけなないのではないか?そう思うのです。

 

 今後日本は高齢化がさらに進みます。Aさんのようなケースは増える一方でしょう。最期を一部の医療者のみが責任を持つといったことは、もう限界に来ています。

 

さいごに

 Aさんの件は本当にいろいろと考えさせられました。ですが、今となっては経験できてよかったと思います。大学病院にいたころには全く気が付きませんでしたが、今の日本は納得した最期を迎えられる方なんてごくわずかというのが現状です。

 

 内科医として命を救うことが最も重要なのは言うまでもありません。同時に、良い最期を迎えられるように手助けをさせていただくことも同じように重要であることを痛感しています。

 

今後医師として働くうえで、患者さんの最期に積極的に向き合っていきたいと思っています。それについては、また記事にさせていただこうと思います。