総合内科よわ医の貧弱ブログ

貧弱な総合内科医が好きなことを好きなように書きます。

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能登半島地震 5歳児が亡くなった件について

はじめに

 前回は、時間外救急外来について記事を書かせていただきました。

yowaiblog.hatenablog.com

 

 能登半島地震の発生後に、5歳の男児が金沢医科大学附属病院の時間外救急外来を受診したにもかかわらず、亡くなったという出来事が話題になっています。今回はこの出来事に関して思っていることを書いてみたいと思います。

 

今回のまとめ
  •  災害医療は多くの医者が経験がなく、適切な医療を提供し続けることは難しい。
  • この男児を対応した医者に全く問題がなかったとは言えないが、自分も適切な診療ができたか問われると、正直自信は全くない。
  • 個人を責めるのではなく、システムを見直す必要がある。過度な医療バッシングはなにも良いことをもたらさない。

なぜ今回の出来事が起こったか?

 いろいろな理由があると思いますが、、これ!というものを挙げるのであれば、一つは災害医療が非常に難しい医療であるということです。また、担当を行った医師の対応に問題があった可能性がないとも言えません。ですが、私は仮にそうであったとしてもこの医師を責める気には全くなれません。

 

災害医療は難しい

 繰り返しますが、災害医療というのは非常に難しいです。なぜなら、そもそも災害というのはそこまで頻繁に起こるものではないので、対応できる医者が限られるためです。

 

日本の災害医療の歴史は実はかなり浅く、1995年の阪神淡路大震災の経験を経て大きく進展しました。トリアージ (傷病の重症度や緊急度に応じて治療優先度を決めること)の概念の浸透や災害医療派遣チーム (DMAT)などの編成も、この30年でようやく進んできたのです。

 

 自分の言葉なんかより災害医療がいかに困難なものかが伝わる動画があるので、ここに張らせていただきます。ぜひ皆さんに見ていただきたいと思います。


www.youtube.com

 

 このような状況下で通常通り医療を提供することなど不可能です。金沢医科大学附属病院も、てんやわんやな状況であったことは容易に想像できます。

 

医者は専門領域以外は診られない

 今回の男児は、熱傷 (やけど) を契機に状態が急変したようです。災害医療の難しさとして、このような熱傷であったり、クラッシュ症候群であったり普段は遭遇しないような疾患と対峙しなければいけないところです。

 

 熱傷は救急科、皮膚科や形成外科の医師であれば見慣れているかもしれませんが、それ以外の科の医師であればほとんど見ることはありません。ちなみに私も医師になってから熱傷の患者を一切見たことがありません。

 

 医者になる前は、医者って幅広い対応が可能だと思っていましたが、実際には細分化の一途をたどっております。専門外の疾患に関しては、学生の頃の知識のままアップデートされてないのが現状です。

 

 一般の方からしたら専門のことばかりやっていないで、色々な病気を診られるようにしろよ!と思うかもしれませんが、いつ診るかもわからない疾患の勉強を継続して行うのは色々な意味でなかなか難しいのです。

 

医師の対応に問題は無かったのか

 実際に男児を診察した医師の対応は問題が無かったのでしょうか?正直なところ、わからないとしか言いようがありません。正確な情報がないからです。ネットニュースの記事を読む限りでは、この医師は熱傷を「軽症ではないが重症でもない」と判断をしたとの記載があります。

 

 まず、そもそもこの医師が何科の医師であったのかが気になります。救急科?小児科?はたまた皮膚科?少なくとも熱傷の専門医ではなかったと思います。医師として常々重要であると考えているのが、自分が対応できないことと遭遇した際には、対応できる医師、医療機関に転送する、というものがあります。実際に災害医療のにも3T (Triage, Treatment, Transportation)というものが重視されます。

 

しかしながら、そもそも金沢医科大学附属病院はその"転送される側"なのですから、どこかに転送するというのは難しかったのでしょう。争点となるのは、

  • 何故入院をさせなかったのか
  • 熱傷の重症度診断は適切であったのか
  • 熱傷の診療が可能な医師であったのか

というところになってくると思います。ここからは完全に私の想像になります。

1月1日の時間外救急外来は、もうメチャクチャな状態であったのでしょう。一人一人の患者をゆっくり診ている暇など無く、トリアージと最低限の処置を行うのでやっとだったのだと思います。

 

 そのため、熱傷だからと言って熱傷の専門医が担当したとは到底思えません。通常であれば他科の医師にコンサルテーションするところでしょうが、それもできなかった。

 

そして、不運なことに熱傷からToxic Shock Syndrome (TSS)という疾患を発症したのではいでしょうか。TSSはブドウ球菌という細菌感染症のうちでも最も重症度の高いものです。ちなみに、わたくしはTSSの診療経験はやはりありません。そうそう簡単に遭遇する疾患ではありません。

 

 私が同じ立場にあったら、正しく対応ができただろうか?正直なところ、難しかったと思います。

 

どうすればよいのか?

 どのようにすれば死を防げたのか?ここまで引っ張っておいて申し訳ないのですが、正直わかりません。とても個人のブログで論ずる範囲を超えています。災害医療を充実させる、などそれっぽいことは思い浮かびますが、じゃあどのように充実させるのか?

 

 現在金沢医科大学附属病院も原因調査を行っているでしょうから、続報を待ちたいと思います。

 

心配なこと

 医療者として心配なのは、過剰な医療バッシングが起こらないかです。既にSNSでは多くのバッシングが飛び交っているのを目にすることができます。もちろん今回の一連の出来事が仕方が無かった、などと言う気はありません。

 

 仮に医師の対応に問題があったとしても、医師だけを罰すれば問題が解決するかというと、そんなことはないのです。対応ができない医師をなぜ配置していたのか、システムの方に目を向ける必要があります。

 

 医療バッシングが過熱しすぎてしまうと、問題の本質が見えなくなってしまうだけでなく、救急医療や災害医療にかかわる医師が減ってしまうのです。そうなってしまっては、災害時にますます多くの死者が発生することになります。

 

さいごに

 亡くなった男児のご冥福をお祈り申し上げます。災害医療は本当に困難を極めます。

ご家族のことを考えるといたたまれませんが、こういう状況だからこそ各自が冷静に状況を見守る必要があると思います。

 

 そして、亡くなった方がいると同時に、多くの救われた命もきっとあるはずです。実際に現地で診療にあたっている医療従事者には頭が上がりません。一日も早い復興を祈ります。