総合内科よわ医の貧弱ブログ

貧弱な総合内科医が好きなことを好きなように書きます。

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医師の労働環境の現状と課題:内科専攻医の自殺事件を受けて

はじめに

www.yomiuri.co.jp

 甲南医療センターで、内科専攻医が自殺したという報道がなされた。非常に痛ましい事件で、本当に涙が出そうになった。なぜこのような事件が起きてしまったのか?

最大の要因は労働環境にあると思う。今回は医師の労働環境について、現状と私見を述べさせて頂きたい。

 

※今回の記事では一部私の推測によるものも含まれます。ご了承下さい。

 

何が問題?

 当然、労働時間が長いことなのだが、何故労働時間が長くなってしまうのかということを考えていく。今回は単純に通常業務が忙しいということは割愛する。そうすると、問題となるのは主治医制という、私に言わせると意味不明な制度、自己研鑽という魔法の言葉、そして医者の過剰労働に気がついているのに改善しようとしない医療機関である。

 

主治医制

 主治医制、というものをご存じだろうか。これは、自分の受け持ち患者であれば、基本的に24時間365日対応をするという制度である。恐ろしいことに、大昔はほとんどがこの制度であったらしい。

 

 考えてもみてほしい。普通の仕事であれば、職場を離れれば一応は仕事から離れられる。しかしながら、この主治医制の場合家に帰って寝ていようが、酒を飲んでいようが、恋人と楽しい時間を過ごしていようがお構いなしなのだ。どう考えたって、頭がおかしくなるだろう。実際に私の同期でうつ病になった人もいた。

 

 そのため、近年では主治医制を表向きには採用していない医療機関が増えている。実際私も主治医制の病院で勤務をしたことはないし、今後もするつもりはない。しかしながら、都会のように医師が潤沢に居る環境なら良いのだが、医療過疎地であれば今後も主治医制を採用せざるを得ない医療機関も無くならないだろう。

 

 そして、ネット上の記事を読む限りでは、今回亡くなられた内科専攻医も実質的には主治医制のような働き方をしていたようである。

 

自己研鑽

 別に医者に限った話では無いと思うが、働くということは通常業務だけこなしていればよいわけではない。特に医者は通常業務の後に勉強や学会発表の準備、退院サマリーや各種書類の記載などやることが多いのだ。

 

 そして急患がいたり、病棟患者の状態が悪ければ、17時になったからと言って他の医師に「じゃ、後はよろしく」とはなかなかできないものである。特に、今回のような若手の専攻医の場合はよりその傾向があるだろう。

 

 ではどうすればよいのか?答えは簡単、17時以降は自己研鑽で病院に残っていました、とすればよい。これなら何時間でも病院に合法的に居られる、というわけだ。

 

医療機関

 今回の一連の騒動の中で、病院側は亡くなった専攻医の勤務状況について「把握してなかった」とコメントを出している。私はこれに対して、怒りを覚える。

 

センターは勤務時間と自己研鑽の時間を分けて提出するように指示を出していたようだ。これは明らかに勤務時間を短く見せるための手口としか思えない。

 

専攻医はまだ一人前とは到底言えず、上司に対していろいろと物申すのは難しい。そのような専攻医の状況を利用したと言っても過言ではないだろう。

 

yowaiblog.hatenablog.com

 

 この記事でも一部書かせていただいたのだが、いわゆる名の知れたブランド病院でさえ研修医にめちゃくちゃな働き方をさせているのだ。うつ病になったり体を壊して、勤務場所を変更したり、休業を強いられる医者も少なくない。

 

 甲南医療センターに限らず、一部の医者による重労働で回っていて、それを黙認している医療機関は多々あると思われる。

 

真面目な医者ほど潰れやすい

 今回亡くなった専攻医の先生はきっと真面目で責任感が強い医者であったのだと思う。だからこそ他人に頼ることが難しかったのだろうし、無理な学会発表の準備も引き受けてしまったのだろう。そう思うと本当にやり切れない。

 

 このような事件が起こるたびに、もっと早く助けを求めればよかったのに、という人がいる。失礼だが、そのような人は何もわかっていないな、と思う。人間は本当に追い込まれると正常な思考を保てなくなるのだ。追い込まれる前に、何とか他人が救いの手を差し伸べないと、助けることは困難である。

 

医師の働き方改革

www.mhlw.go.jp

  このような現状を踏まえて?なのかわからないが、厚生労働省は2024年4月より医師の働き方改革を本格的にスタートさせる。医師の負担を減らすという考え自体は、私も賛成である。

 

 しかしながら、私はこの制度で医療がより良い方向に行くとは到底思えない。この制度には根本的な「ある事実」をほぼ無視してしまっているからだ。

 

 それは何かというと、結局のところ、「多くの医者の過剰労働により現在の医療が成立している」という事実である。

 

 例えば、新制度では当直業務 (病院に夜泊まり込んで働くこと)を終えた後、翌日12時には業務を終了し、次の勤務までに18時間以上のインターバルをあけることが推奨されている。現在は当直明けであっても、通常通り17時まで働くことが一般的だ。当直明けに医師が一人いなくなったらその埋め合わせはどうすればいいのか?

 

 ほかにも例を挙げればきりがない。医師の働き方改革を正しく遂行すれば、まちがいなく今の医療の質を保つことはできなくなる。かといって、今の労働環境のままだと、今回のような事件が起きることは避けられない。まさしく、ジレンマなのだ。

 

さいごに

 じゃあどうすればいいんだよ!?と思われたかもしれない。まだ私は明確な答えを持ち合わせてはいないが、そろそろ日本の医療も大きな改革が必要な時期に来ているのは間違いない。

 

 国民皆保険があって、ここまで安価で質の高い医療を受けられる国は世界中を探してもほとんどない。だが、もうそろそろ限界が近いのではないだろうか。

 

 医療費の負担増は避けられないし、夜間救急の閉鎖なども増えてくるだろう。

 

 とにかく、若くて有望な医者がこのような形で最期を迎えることが減ってほしい。亡くなられた専攻医の先生のご冥福をお祈りいたします。